こういう刃物は切って使ってナンボという主張に満ちた内容のものは、個人的には大好きなのですが、他方で、「実用」だからカスタムとしてはグレードが低いのだという印象を持っているヒトがいらっしゃるようです。

　それは、結局、大向こうを唸らせるような技術の見せ場というのが、斉藤さんの普段作っておられるナイフには余り見えてこないからなのでしょう。それはそれで、作者の意図の通りの製品と言うことであり、問題は無いのだと思いますが、だから技術的には今一つ、というわけではない。

　元々、私がナイフにかなり入れあげていた頃の斉藤さんのナイフというのは高度な技術によるナイフが多かったのです。時々は、そういうのも見せて欲しいなと思っていたら、最近、オークションの方で何本か、そういうナイフが出品されるようになってきました。

　この直前に出ていたラブレスのニューヨーク・スペシャル・レプリカとか６インチという大振りなダブルエッジのファイティングなどは実に見事なもので、最近でもインテグラルのブーツナイフとか、ダマスカス鋼のナイフなどが継続的に出品されています。 　で、ニューヨーク・スペシャル、かなり狙っていたのですがオークション終了時間を間違えていて落札しそこねました。残念！の直後にこれが出たのでついつい入札。めでたく落札と至ったわけでした(^_^)

　ブーツナイフと呼ばれる、言ってみれば隠しナイフの類で、ジャンル的にはファイティングナイフに属するものですから、昨今日本で流行のコンバットナイフの源流とも言えるナイフです。ストライダーのマントラックとかＣＱＢナイフなんて呼ばれているのもこの延長線上にある存在だと思います。

　多くのものがダブルエッジ、もしくはセミダブルエッジで、かなり戦闘的な雰囲気を漂わす。ダガースタイルも少なからずで、有名なガーバーのマーク１なども分類的にはブーツナイフに属するようです。

　これを非常に洗練されたスタイルにまとめたのもおそらくラブレスだと思います。近代ナイフの父たる所以で、前述のニューヨークスペシャルなど危険な香りのファイティングナイフを洗練された造形美にまとめ上げたのは彼の功績であると言えるでしょう。

　斉藤さんの今回のブーツナイフも４インチという程々のサイズで、ダブルヒルトの実に洗練されたスタイルを見せますが、ブレードやハンドルの形状は、ラブレスの影響を感じさせるものです。お得意のウッドのナロータングハンドルとかスタッグハンドルではなくマイカルタのフルタングを採用しているのは、ブーツナイフの性格として湿気に強く薄く作りたい素材ということを考えたからでしょう。持ち歩くとすれば足下がその場所になりますからね。

　丁寧に磨かれたホワイトリネンマイカルタのハンドルは磨かれた本象牙のような洗練された色合いと耐久性を備えつつ非常に薄く仕上げられており、引き抜くときの案外な軽さや思ったよりトップヘビーのバランスなど、ほぼ１０センチ相当の適当な長さのブレードも含めて、使用目的に忠実な意味での「実用性」というものも確かに兼ね備えている。

　しかし、このナイフは、やはり技術の見せ場としての役割を重視したものであると感じるのは持ってみて細部に目を向けた時でしょう。

　もちろん、これがコレクション用であるというのは、状況的に対人戦闘的な使い方を強く意識したものですから、これを実用にする商売のヒトには売れないという事情もあるでしょう(^^;が、本質的にはそこに投入された技術が、ナイフ好きの目を楽しませる要素をふんだんにちりばめてあるからなのだと思います。

　ナイフ製作の技術はシンプルであるが故に、それが高度に洗練されてくればくるほど芸術的な要素を得るに至るというのは、以前にも書きました。

　実は、普段斉藤さんが作っている実用ナイフも実に高度な技術に支えられています。指で触ってわかる左右均一な削りのテクニック、丁寧にシェイプされた堅いブラスのガードと柔らかいウッドやマイカルタのハンドルが引っかかりなく滑らかに一体感をもって整形されている。

　ガードとブレードの根本の銀蝋付けの丁寧なこと、ブレードの背面が丁寧に平らに削り出されピッと立ったエッジが、しかしバリも無く手に優しい仕上がりになっていることなど、そこに見られる技術は確かに日本の第一級のカスタムメーカーのものです。 　こうした「実用品」にも見られる技術が、今度は「見せる」ためのものとして高度に集約されている。その最大のポイントは、セミダブルエッジのブレードということになるでしょう。

　ナイフですから、ブレードの仕上げがクオリティを評価する上で大きなポイントになるのは間違いない。そして、この形状のブレードは高度な技術を求められる難しい形状です。

　ニューヨークスペシャルに近いセミダブルエッジですが、両側から削られたブレードの中心線がブレたりゆがんだりすることなく、ポイントまでスムースに流れていく。両側から均等に削る技術が無いと、この形状というかシャープさは出せません。

　個人のメーカー作のニューヨークスペシャルやセミダブルエッジは何本か見てきましたが、両側から立ち上がったブレードのセンターがキッチリと出ていないものが少なくありません。小さな写真で見てもわかりにくい部分で、ハンドルの材質や飾りでごまかされやすい部分なのですが、実際に手にとって見ればすぐにわかる技術の見せ場でもあります。

　このナイフは、ここがとにかく美しく仕上がっている。

　ググッと急激に力強く立ち上がるブレードがセンターでスムースに合流しスムースにポイントまで流れていく。全く左右も上下も均等でこのラインがぶれたりゆがんだりしていることが全く無い。どの角度から見ても、そして触っても全く完璧。

　エッジの立ち方もファイティングナイフらしい力強さを損なわず、表面の仕上げもいい加減なツールマークなど微かにも見えない。丁寧に引かれたヘアラインの美しさに、このナイフに投入された高度な技量が伺えます。

　角度を変えありとあらゆる方向から人間の手で削り出された美しい形状を愛でる。カスタムナイフの楽しみが存分に味わえる瞬間です。

　無論、そういうハナシは外でしちゃいけないことなのですが(^^;

　人間の手は、ここまで正確な形状を紡ぎ出せる。この熟練の技術を楽しむこととともに、その作者の仕事に対する真摯な態度が伝わってくるのが優れたカスタムナイフの醍醐味であると言えるでしょう。

　もちろん、ブレード以外の部分も全くスキがない。ニッケルシルバーのガードはなめらかに削り出され、スムースにハンドルに繋がっていく。そして普通はテーパードシェイプ（ハンドルの根本から末端にかけて鋼材を薄く削り込み軽量化する技術）を使うフルタングのハンドルに、厚みのある鋼材のガッシリした感じを損なわないようテーパーはかけずハンドルの内側を丁寧に肉抜きしているとのことで、確かにハンドル側がとても軽い。このために厚みのあるハンドルの割に重心がガードあたりにあるようで持ったときに使いやすく思ったよりも軽い。

　実用的なナイフではないとはいえ、ブーツナイフとしての性能というかスペック部分で妥協は全くありません。ここで手を抜けばタダの装飾ナイフに堕ちちゃうわけで、最後に厚手のあるブーツ用のシースまで完成させて初めてカスタムナイフとして成り立つ。経験の長いメーカーらしい基本的な形と性能で勝負する姿勢がとても好ましく感じられるナイフです。

　普段、実用品の手頃な価格のナイフを提供しているメーカーであるが故に獲得するに至った高度な技術。毎日ナイフを作り続けているからこそ完成されたワザってものを惜しみなく投入することで、このナイフは美しく仕上げられた。

　そんな刃物のストイックな美しさが堪能出来る一本ではないかと思います。

　去年、とあるナイフを形の面白さに刺激されて購入しようとしたのですが、実際に手にしてみて感じたのは技術レベルの低さでした。逆Ｒのブレードは左右が不均一で指で触るどころか表と裏を見比べただけでも削りに差があることがわかっちゃうようなものもあったわけで、ブレードにも明確な削り跡が残っている。エッジの部分は不自然に丸まって強度的に大丈夫であろうかと不安になるくらい。

　雑誌などでは散々持ち上げられているメーカーですが、とてもカスタムメイドというレベルには無い。そういうものに高い金だしてしまうのは、余り賢い行動とは言えないでしょう。

　コンバット系のナイフでも、先日初めて見た根本朋之さんという方のナイフは繊細で丁寧な仕上げの美しいものでしたが、某Ｓ社のカスタムグレードとかいうのは、全く「カスタム」ではなかったみたい。

　また、海外のメーカーは会社組織になってたりして、ネームは個人のものでも実際に作ったのはお弟子さんの誰それとかいうのも往々にしてあります。ラブレスのナイフと言われながら時期によってはお弟子さんだったクザン小田さんとかシュナイダーなどが作っていたものがある、なんてのは有名なお話。

　その点で、斉藤さんのナイフは現在のナイフ全てに斉藤さんの技術が反映された、とても「人柄」の出たナイフだと思います。なんとなく、アカデミーの時計師の時計を愛好するヒトって、こうしたキモチなのかもしれないなぁと思ったりして。

　無論、神業の技術とまで申し上げるつもりはありませんが、カスタムの良い部分を堪能できるって点で、このくらいの価格は大変にお手頃であるとも思えるのです。

　装飾的では無いのですが、作者の技量によって仕立てられた緊張感のあるフォルムそのものを楽しむ、そんな作品もあっていい。 　単なる収集品でおそらく生涯使われることのないナイフ。そういうのがあっても良いではないですか、なんて思える、非常に綺麗な造形物ですが、これが単なる鋼鉄のオブジェではなくナイフなければならない理由は、そこに漂う緊張感をもたらしているのが、ナイフという危険な存在であるからだと言えます。

　「何か」をスッパリと切り裂くために作られたという危うさ。一歩間違えれば自分を傷つけてしまう危うさこそが、この美しさの源泉であるのかもしれない。

4in Blade

　それは、作者の高度な技量が危うさと戦いねじふせることで生まれる、極めて狭い範囲でバランスした緊張感溢れる美しさ。

　使わなくても見ることを楽しめるナイフ。装飾ではなく、技術が生む美しさを秘めるこの一本を楽しめるのは、やはり日本人の刃物に対する感性が必要なのではないかなぁ、と思ったりするのです。確かにラブレスの影響下にあるナイフですが、斉藤さんが日々日本の顧客向けに提供する「実用系ナイフ」の思想が反映されて日本的な繊細な美しさが生まれていると思います。

　こういうものを見ていると思ったりします。高度な技術というのは、それだけで十分な見せ場となるのだと。そんな感覚を手頃に楽しめる逸品でした。